大判例

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東京地方裁判所 昭和61年(行ウ)46号 判決 1987年3月20日

原告

甲野花子

被告

東京都教育委員会

右代表者委員長

村井資長

右指定代理人

篠崎弘征

松谷茂

主文

1  原告の病気休暇の処分の無効確認を求める訴え及び慰藉料請求の訴えをいずれも却下する。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が原告に対してした昭和五五年六月七日から同年一二月六日までの病気休暇の処分が無効であることを確認する。

2  被告が原告に対してした昭和五五年一二月八日付け休職処分、昭和五六年三月八日付け休職期間更新処分、同年九月八日付け休職期間更新処分、同年一二月八日付け休職期間更新処分、昭和五七年三月八日付け休職期間更新処分及び同年六月八日付け休職期間更新処分がいずれも無効であることを確認する。

3  被告は原告に対して金九〇〇〇万円及びこれに対する昭和六一年五月二四日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言を求める。

二  被告

(本案前の答弁)

1 原告の訴えをいずれも却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

(本案の答弁)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和四九年四月一日東京都公立学校教員に任命され、江東区立元加賀小学校教諭に補され、同日から同校に付置された新舞子健康学園(千葉県富津市所在)に勤務するものである。

2  原告は、昭和五五年六月八日から同年一二月七日まで病気休暇の処分を受けた。

3  原告は、同年一二月八日付けで休職処分を受け、その後昭和五六年三月八日付け、同年九月八日付け、同年一二月八日付け、昭和五七年三月八日付け及び同年六月八日付けでそれぞれ休職期間更新処分を受け、その結果、原告は昭和五五年一二月八日から昭和五七年九月七日までの間引き続いて休職した。

4  しかし、右の病気休暇及び休職処分は、一体の処分であっていずれも違法な処分であって、無効であるから、その無効の確認を求める。

5  被告の指導主事石河是徳、元加賀小学校校長河野理平、新舞子健康学園の副園長岡田仁見、その他の教職員は、原告に対するマスコミの悪感情をあおり立て、医師をもだきこんで被害妄想という診断を出させて病休及び休職の処分をしたものであり、これにより原告は、多大の損害を蒙った。よって、原告は、慰藉料として金九〇〇〇万円及びこれに対する請求の日の翌日である昭和六一年五月二四日から支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の本案前の抗弁

1  病気休暇処分の無効確認を求める訴えについて

原告はその主張の期間病気を理由に欠勤したが、それは単なる事実行為であって、無効確認訴訟の対象となる処分行為ではないから、この訴えは不適法である。

2  休職処分の無効確認を求める訴えについて

行政事件訴訟法三六条によれば、無効確認の訴えは、当該処分の効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによっては目的を達することができない場合に限り提起することができるのであって、本件訴えはこの要件を欠き、不適法である。

3  慰藉料の請求について

被告は、行政機関であって、権利の主体ではないから、この訴えは不適法である。

三  被告の本案の答弁

請求原因第一項の事実は認める。同第二項は原告がその主張の期間病気を理由に欠勤したことは認めるが、被告の処分行為に基づいて欠勤したものではない。同第三項の事実は認める。同第四、第五項の事実は否認する。

四  被告の主張

1  原告は、新舞子健康学園に勤務の当初から異常な行動が見られたが、昭和五四年四月ころから極度に落着きがなくなり、富津警察署、文部省、千葉人権擁護委員会その他に対して副園長や同僚が原告を迫害している等と事実無根の話を訴え始めた。

2  原告は、昭和五五年五月に、精神神経科の専門病院である木更津病院の飛沢彰医師の診察を受けたところ、同医師の診断は、被害妄想、関係妄想等精神障害に罹患している疑いがあるので、積極的に治療休養を要するものと思われるとの内容であった。原告は、同年六月二日、母親、河野校長、岡田副園長及び神子主事に付き添われて、千葉精神衛生センターの医師大塚明彦調査研究課長のカウンセリングを受け、休養するよう諭された。原告は、翌三日、前日と同じメンバーに付き添われて木更津病院へ行き、飛沢医師から休養加療が必要である旨告げられ、母親ともどもそれを納得し、とりあえず有給の病気欠勤をとって様子をみることとなった。飛沢医師は、同日付けで、神経症のため向後約六か月の間休養加療を要するものと思われる旨の診断書を発行した。

原告は、以上の経緯を経て同月八日から同年一二月七日までの六か月の間病気欠勤した。

3  原告は、同年一一月一七日ころ、母親、河野校長及び岡田副園長に付き添われて三楽病院の精神神経科の福水医師(同医師は東京都教育委員会が任命する東京都教職員健康相談員でもある。)の診察を受けたが、その診断内容は、神経衰弱のため休業が必要であるというものであった。次いで、原告は、飛沢医師の診察も受け、同医師の神経症のため三か月間休養加療を要する旨の同年一二月七日付けの診断書を添付して、被告に対し休職願を提出した。被告は、これに対して、同月八日付けで、同日から昭和五六年三月七日までの三か月間につき、地方公務員法二八条二項一号により休職処分とする旨の発令をした。

4  その後、原告は、郷里の石川県に帰省して治療を続けていたが、右休職期間の終りころ、金沢大学付属病院神経精神科の窪田孝医師の神経衰弱状態のため六か月の休養加療を要する旨の昭和五六年二月二五日付け診断書を添付して、同年三月八日から九月七日までの休職期間更新願を郵送して提出した。被告は、これに対して休職期間を更新した。

5  原告は、右更新期間の終りころ、三楽病院の福水医師の神経衰弱のため三か月間休養加療を要する旨の診断書を添付して、同年九月八日から一二月七日までの休職期間更新願を提出した。被告は、これに対して休職期間を更新した。

6  その後も、原告は、いずれも福水医師の診断書(病名は神経衰弱)を添付して、同年一二月八日から昭和五七年三月七日まで、同月八日から同年六月七日まで、同月八日から同年九月七日までの、それぞれの休職期間更新願を提出した。被告は、これらの更新願に対して、いずれもこれを認め休職期間を更新した。

7  原告は、同年八月一二日付けの福水医師の出勤しても差支えないものと認むとの診断書を添付して復職願を提出した。被告は、これに対して、同年九月八日から原告の復職を認めた。

8  以上のように、原告の病気欠勤及びそれに続く休職処分は、いずれも医師の診断書に基づくとともに本人の願をも考慮して、適法な手続に従って行われたものであって、何らの瑕疵なく成立したものである。

五  被告の主張に対する原告の答弁

被告の主張事実中、原告が病気欠勤をしたこと、被告主張の休職処分及びその期間の更新処分があったことは認めるが、その余の事実は否認する。休職処分の辞令は原告に交付されておらず、このことは、職員の分限に関する条例三条四項の「職員の意に反する降任、免職又は休職の処分は、その旨を記載した書面を当該職員に交付して行わなければならない。」との規定に違反している。

第三証拠

記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  病気休職の処分の無効確認の訴えについて

原告は、昭和五五年六月八日から同年一二月七日までの間の病気欠勤について、その後の休職処分と一体となった被告の行政処分であると主張する。しかし、右の期間の欠勤について被告の何らかの処分によることを認めるに足りる証拠はない。かえって、(証拠略)並びに原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和五五年六月三日ころ木更津病院の飛沢医師の診察を受け、同医師から神経症のため向後約六か月の間休養加療を要するものと思われるとの診断書が出されたので、同月八日から同年一二月七日までの間病気のため欠勤したことが認められる。したがって、この点についての無効確認の訴えは、その対象である行政処分が存在しないから、不適法である。

二  休職処分及びその期間更新処分の無効確認の訴えについて

1  原告が昭和五五年一二月八日付けで休職処分を受け、その後昭和五六年三月八日付け、同年九月八日付け、同年一二月八日付け、昭和五七年三月八日付け及び同年六月八日付けでその休職期間更新処分を受け、その結果原告は昭和五五年一二月八日から昭和五七年九月七日までの間引き続いて休職したことは、当事者間に争いがない。原告は、右の休職処分及びその後の休職期間更新処分の無効確認を請求している。ところで、行政事件訴訟法三六条によれば、行政処分の無効確認の訴えは、当該処分に続く処分により損害を受けるおそれのある者その他当該処分の無効の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者で、当該処分の存否又はその効力の有無を前提とする現在の権利関係に関する訴えによって目的を達することができないものに限り提起することができるものと規定されているところ、本件につき休職処分及び休職期間更新処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴えによってその目的を達することができないか否かについて検討する。(証拠略)によると、休職処分の効果は、休職者は職員としての身分は保有するが職務に従事しないこと及び休職者には休職期間中給与を支給しないか減額して支給することと定められていることが認められるのであって、休職期間が満了すれば休職処分の効力は消滅することが認められる。しかし、学校職員の給与に関する条例(昭和三一年東京都条例第六八号)八条二項によれば、「職員が現に受けている号給を受けるに至った時から、一二月を下らない期間を良好な成績で勤務したときは、その者の属する職務の等級における給料の巾の中において直近上位の号給に昇給させることができる。」と規定されているところ、休職をした事実はその期間良好な成績で勤務したとの評価を受けることができないことは明らかであって、その不利益は将来にわたり継続するものということができる。また、職員の退職手当に関する条例(昭和三一年東京都条例第六五号)一〇条によれば、退職手当の支給の基礎となる勤続期間の計算については原則として地方公務員法二八条二項一号の規定による休職のため現実に職務をとることを要しない期間の月数の二分の一に相当する月数を在職期間から除算することとしており、休職処分を受けたことは退職手当の額に影響を及ぼすことが明らかである。以上のようなことから考えると、休職処分の無効を確認する利益があるものというべきである。もっとも、これについては、休職処分が無効であったとすれば行われたであろう昇給による給与と現に受領している給与との差額を請求し、又は、休職処分を受けたため減少した退職手当の支払を求める訴えの前提として休職処分の無効を主張することができるから、それによるべきであり、現在その無効を確認する利益はないとの反論も予想されるけれども、このような取扱いは紛争を抜本的に解決するものではなく、また退職手当を現実に受領するのは、将来の退職の時であって、その時には休職処分の有効、無効に関する証拠が散逸することもあり得るのであって、現在その無効を確認する利益を肯定するのが相当である。

2  そこで、本件の休職処分及びその期間更新処分につき無効事由があるか否かについて検討する。

(証拠略)を総合すれば、被告の主張3から6までに記載の事実をすべて認定することができ、この認定に反する原告本人尋問の結果の一部は信用することができず、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、原告に対してされた休職処分及びその期間更新処分は、いずれも適法に行われたものと認められ、瑕疵はないといわなければならない。

原告は、本件休職処分及びその期間更新処分は原告の意に反する処分であるにもかかわらずその辞令が原告に交付されていないから無効であると主張するけれども、前記認定事実によれば、右の各処分はいずれも原告の申出に基づきなされたものであって、原告の意に反する処分ではないから、右主張はその前提において失当である。のみならず、前掲各証拠によれば、右の各処分の発令通知書はいずれも発令のころ原告へ交付されていることが認められるから、原告の主張はこの点においても失当である。

3  よって、休職処分及びその期間更新処分の無効確認を求める請求は理由がない。

三  慰藉料請求について

被告は、行政機関であって、権利の帰属主体ではないから、これに対して慰藉料の請求を求める訴えは不適法である。

四  むすび

よって、原告の訴えのうち、病気休暇の処分の無効確認の訴え及び慰藉料請求の訴えは、いずれも不適法であるから却下し、その余の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 今井功)

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